たのしい知識 Le gai savoir

たのしい知識 Le gai savoir

ことば|記憶|アーカイブ

炭酸水の星

 ある眠れない大嵐の夜のこと。

 その日は珍しく眠れなかった。目は冴えていたし、心なしか動悸もしていた。夜遅くまで作業していたからかもしれない。外の風は強く、悲鳴とも叫び声とも判別つかなかったような音だった。その日は嵐だった。その年一番の大嵐だった。窓のすぐ外の駐車場には誰もいない。「空」という有料駐車場の蛍光文字盤だけが光っている。「空」。駐車場の「空」という文字をみると、いつも「そら」と音読みしてしまう、と思う。

 

 「ちゃんと天気予報見なよー、嵐って数日前から言ってたんだからさー」、翌日の夕方に心配して電話をくれた地元の友達はそう言った。その子は煙草を吸うとき、いつも微かに手が震える。その仕草を、わたしはいつも見ないふりをする。あの嵐の翌日の夕方、その子は電話越しで煙草を吸っていたんだろうか。その子と会ったのは3年前のことだった。初めて会ったときのことを今でもよく覚えている。ときどきスキップするように軽く弾ませる足取りや、夕暮れを見上げるときの寂しげな眼差し。今では別々の場所に住んでいるその子とは、ふとしたときに電話をして、いつもどうでもいい話をする。

 

 もうすでに夜中の二時を過ぎていた。いつもならば眠っている。こんなに眠れないのは久しぶりだな、と思う。激しく震える窓のカーテン越しから、月の光が、光線のようにわたしの手元を微かに照らしているのが分かった。光線が漏れてくるほうへとゆっくりと顔を向ける。すると、凹凸のある窓ガラスから漏れてくる月の光が砂浜に落ちている貝殻のようにキラキラと光っている。そうした月の光と窓ガラスの激しい振動とは、一見するといかにもちぐはぐな組み合わせのように思えた。

 窓ガラスの振動音のほかに、何も音はしない。カーテンの裾はいつものように床まで垂れている。買い換える必要があったのに、まだ買い換えていなかった。買い換えるだけの時間もない、そう思っていた。実際に時間がないかどうかは分からなかった。ただそういう気がしていた。そういう気がしたまま毎日が過ぎていた。そのカーテンは、今も同じように床まで垂れたままでいる。

 

 「炭酸水の星」。その大嵐の夜、わたしはとあるSNSのアプリに登録して、そんな名前のアカウントを作った。

 しゅわしゅわとして楽しそうな星じゃないか、地表を歩いてるだけ足がぴりぴりと痺れてきそうだ、何を混ぜても炭酸水割りになってしまうのだろう、炭酸水の鯖味噌やキムチ鍋、ウーロン茶の炭酸割り、いや、それは別におかしくないか、白米も炭酸水で炊けば味が違うのだろうか、カレーも食べればきっと口がピリピリするに違いない、でも、そんなカレーって美味しいのかな?わからない。

 

 あのとき、わたしは日中に炭酸水を飲んだのだろうか、細かいことはもうあまり覚えていない。風の音は先ほどよりもさらに強くなっていた。風ってこんなに激しくなるものなんだ、と驚いた気がする。こんなにも強い風の音を窓のそばで聞いたのは初めてだったし、こんなにも激しく窓ガラスが音を立てて震えるのを見るのも初めてだった。住んでいた家はとても古かった。安いけど耐震構造とかしっかりしてないですよ、それでもいいならいいですけど、部屋を借りたときに不動産屋はそう言った。その人は、奥歯の一本が金歯だった。まるでマフィアみたい、と思ったせいか、その話の内容は詳しく覚えられない。分かりました、と言って、サインをする。サインする紙が置かれた机には、その街の地図が貼ってある。坂道の多い街。その地図に載っている多くの場所のことをわたしはまだ知らない。それは、今も変わっていない。

 

 その大嵐の夜、ほんの数時間のあいだだけ「炭酸水の星」だったわたしは、目につくアカウントの人生を片っ端から全て完全に肯定し、悩みを聞いては励ました。そして、次の日にはその人たちのことを全て綺麗さっぱり忘れた。なぜそんなことをしようと思ったのかはもう覚えていない。たぶん眠りたかったからだとおもう。眠るためにはなにか気晴らしが必要だった。翌日の朝にもうそのアカウントは消し、アプリは携帯から削除した。それから一度もそのSNSには登録していない。行きずりで人を励ますというのは変な話だが、とにかく目に付いた人の悩みを全て聞いて、励ましていた。

 そんななか、ただ一人だけ今でも覚えている人がいる。


「窓の音がすごい」「家壊れそう、こわい」「東京住みやばそう」「寂しい」「うわー、すげー」「あの人が嫌い」「生きるのしんどい」「いい人いないかなあ」「親心配しすぎ、ウザいんだけど」「東京の人、大丈夫だといいけど」「やっぱフラれたのかなー」「自分のことが好きになれない」「冷蔵庫なんもないけど買ってくるの無理っぽいかも」「意外と東京に住んでる人多いんだね」「会社いやだ」「ひまなひと話さない?」「本当に周りの人が嫌い」「なんかつまんないなあ」「ねむれない」「人生辛い」「起きてる人いるー?」「好きな人から嫌われた気がする…」


 確かこんなふうなメッセージが縦に無造作に並んでいた。スクロールすると、また同じようなメッセージが延々と流れてくる。上から一つ一つ、適当に返信をした。「大丈夫?窓際に近づかないようにするんだ」「いえがこわれないといいね!」「東京はすごいよー」「どうして寂しいの?」「すごいよねー」「どうして嫌いなのかな。なんか嫌なことあった」。どうせ知らない人たちだった。わたしも、彼らからすれば知らない人たちだった。互いに知らないもの同士が眠る前の暇つぶしをしているだけ、そう思いながら、片端から返信する。


 とあるメッセージに返信した。確か、そのメッセージには、「寂しい。誰でもいいから、こんな夜は抱きしめてほしい」というふうに書かれていた。


「誰でもいいなんて、ダメだよ。あなたを大切にする人を見つけなくっちゃ」

「大切にするっていうのと、寂しいときに一緒に居てくれるひとは違うの?」

「そのひとが、もし寂しいときだけ一緒に居てくれる都合のいい人なら、あなたのことだけを大切にしてくれる人じゃないかもしれない。そのときは満たされるかもしれない。けど、それじゃあいつまでたっても幸せになれないかもよ」

「でも、寂しい。夜になると一人ぼっちになった気がして」


「あなたにはひとから大切にされるだけの価値があるよ。大丈夫、あなたのことだけを思ってくれる、優しいひとがきっと現れる」

「本当?」

「もちろん、本当だよ」


 ウソだった。そんなこと分かるわけがない。全く知らない人間に、いったい何が分かるというのか。無責任で勝手な言葉だった。でも、そのときはそんなことは全く考えなかった。ただ眠りたかったし、眠るためには気晴らしが必要だった。


「そうかなあ」

「もちろんそうさ」

「そっか、寂しいからといって、やっぱり誰でもってわけじゃダメなのか」

「うん」

「むずかしい」

「そうだね」


 「でもね」。話を聞く限り、彼女は東京で働いているOLのようだった。毎朝満員電車に揺られて通勤し、電車の遅延にため息をついたり、仕事帰りのスーパーで夜ご飯を買ったり、化粧に疲れたり、上司に叱られたり、月に一回は必ず大学時代の友達と遊んだり、土日と有給を組み合わせてに旅行の計画を立てようと決心したり、地元に帰りたいと思ったり帰りたくない思ったりしながら、そんなふうに毎日を過ごしている人なのかもしれない。

 彼女は、すこしまえに会社の同僚から食事に誘われたという。「好みのタイプというわけではないんだけど、仕事が丁寧で優しいひとなんだ」。


「それはいい!じゃあ、今度その人と食事に行ってみるといいよ!大切にしてくれる人だといいね」わたしは言った。


 風で震える窓ガラスはガタガタと音を立てたが、外には誰一人として人がおらず、カーテンを引いて外の景色をじっと眺めてみると、なんだか月の地表を宇宙船の中から見ているような気分だった。雨は降っていなかった。部屋は静まり返っていた。なんだか別の惑星同士で交信しているみたい、と思う。ものすごく遠くの人と連絡をしているみたいだったし、でも、目の前の椅子に座っている人に小声で話しかけているようでもあった。不思議な気持ちだった。携帯の液晶画面は、画面を暗くしていても暗闇の中では長方形の形をしていて、明るかった。まだひび割れも少なかった。


「うん。本当はその人と食事するのは迷ってたんだけど、やっぱり行くことにする」彼女は言った。

「それはよかった。素敵な話をありがとう」わたしは言った。

「いいえ、こちらこそありがとう、炭酸水の星さん」彼女は言った。

気が付けばわたしは眠っていた。


 最初にも書いたように、次の日の朝、わたしはそのアプリを退会し、携帯からそのアプリを削除した。あれだけ適当なことを言って、知りもしない相手のことを一方的に褒めちぎったことに、多少の罪悪感を感じないわけではなかったが、すぐに特に気にならなくなった。

 

 翌日の朝は嘘みたいに空が晴れていた。すっかり夏だった。窓から見える有料駐車場には、いつものように幾つかの車がまだらに停まっている。外へ出て駅までの道のりを歩くと、Tシャツの下で体が微かに汗ばむのを感じた。駅周辺の空気一帯が、夏の訪れに歓喜して震えているようだった。例年よりもずっと暑い夏でしたね、いつの日かニュースキャスターはそう言った。たしかに暑かった。つい数時間前にあんなに親密な夜があったことが、なんだか全て嘘だったみたい、とわたしは歩きながら思う。途中で公園に向かう子供たちとすれ違う。すれ違いざまに、夏の匂いがした。みずみずしい柑橘系の果物のような、鼻腔の奥深くにまで届く甘ずっぱい匂いだった。

 

 そのまま月日が経った。わたしは、嵐の夜の出来事をしばらく忘れていた。

 

 ガラス窓があれほど震えたのは、あのときが最初で最後だった。いまは、夜になると遠くから聞こえてくる車の走行音がさざ波のように微かに抑揚をつけて聞こえるだけだった。車の通りがうるさくないから、この部屋に住んでいる。たまに咳き込む人の声が聞こえる。風邪ひいたのかな、と思いながら眠りに就く。そんな眠りに就く間際、ごくたまに当時のことを思い出す。そして思い出すときは、いつも彼女のことを思い出す。

 

 あれから彼女は会社の同僚と食事に行けただろうか。彼女の隣には、彼女のことを大切にしてくれる人がいるだろうか。わからない。名前も住所も連絡先も何一つ知らないのだから、知りようがない。もし二人が付き合っているなら、彼女は、その同僚の彼に「炭酸水の星」の話をしたのだろうか。したのかもしれないし、していないのかもしれない。本当は、彼女のした話は全て嘘だったのかもしれない。わたしと同じように眠れない別の誰かが、暇つぶしで、そんなふうに嘘の物語をでっち上げていただけかもしれない。実は、眠れない中年の男性が東京で暮らすOLを装っていただけかもしれない。

 

 たとえ全て嘘で、そんな東京のOLは存在せず、彼女が架空の存在だったとしても、あのとき、メッセージを送り合っていた彼女の素直さがわたしには眩しかった。ここのところずっと忘れていた眩しさだった。喉元にずっと詰まっていた黒くて固い何かを、隅から隅まで照らして浄化してしまうほどの眩しさだった。この世界の夜には、まだあんなふうに見知らぬ他人同士でなされる親密な打ち明け話がある、そう思うと、わたしは安心する。安心するとつい眠くなってしまう。だから、わたしは、眠れないときはふいにそのことを思い出してしまう。


あのときはありがとう、なんか適当なこと言ってごめんね、その後どう?あなたのことだけを大切にしてくれるひと見つかった?


 もし会えるならそんなことを喋りかけてみたいけど、その機会はない。必然的かつ永久に、というより、単に事実として、ない。それに、実際にそんな機会があったとしても、わたしたちはその機会があることにすらたぶん気付かないかもしれない。じつは毎日の通勤電車のなかで隣り合っているのしれないし、よく利用する喫茶店で日常的に隣り合っているのかもしれない。一度でいいから会ってみたいと思いながら、ほんとうは毎日嫌というほど顔を合わせているのかもしれない。それは誰にもわからない。

 それに、今そう思っているということ自体も、来年くらいにはきっと忘れているだろう。し、忘れていても構わない。

 

    そんな平坦な戦場ですらない日々の、ありふれた私たちのありふれた話。

 

f:id:hiropon110:20190608092653j:image