たのしい知識 Le gai savoir

習作(@hiropon12124870)

untitled

あなたの背は人工栽培された朝顔のように小さく、あなたの後姿からはいつも消毒液の香りがする、病院の、白いカーテンに区切られた部屋で、動脈に針を刺したまま世を過ごす少女の湿った掌、それがあなただった、囲いの外のことを知らず世を過ごす人、洞穴はまるで頭蓋骨の両目のように、目の奥の窪みに線を引き、耳元から聴こえてくるサイレンの音を口真似するあなたの口元と共に、水中に潜ったあなたの白い肌にはいつも細い血管が透けて見えている、徐々に体から抜け出ていく空気、そして流れる血の近くに落ちる葉をあなたは見つめていた、それに触れることが叶わなかったあなたが、黄緑色、と呟いたときにはもう、チューブの数は増えていた、穴から内臓にまで溶けていく生暖かな体温を、駆け出して流れ落ちる汗に這わせることをも知らず、横たわるベッドの裾はざらつき、どこか影を吸って重たかった、そんなあなたの影を拾うことを求めるわたしと共に、殺菌された太陽はゆっくり骨を溶かし、腐敗の隅に微かに目元を落としていく

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Vendôme,la sick Kaiseki

あなたの国は、小さい子のヌード写真がおおすぎるって、どのパーティーでもいわれた。
街中に裸の女の子の写真があふれていて、電車の中にまでつってあるのは絶対おかしいって。
でも、まさかそのうちの一人があたしだってことは、誰も気づかなかった。
あたしはこういう所に集まるマダム達は、エメラルドを頭にいっぱいつけすぎて馬鹿になっちゃったんだって思って育ったの。 

パパは「この国には肉食の文化が無いから。みんな我々のように乳のみ仔牛から腐りかけの成牛までの、いろんな肉の味わいの差だとか、ジビエの血の味の事とかが解らない。だから子供の裸ばかりを有り難がるんだ。一種の国家的変態だよ」っていうお得意の演説で、腐りかけの成牛みたいなママを喜ばせてる。
彼女はキャビアを食べている人を見ると鼻をつまむ。
小さな卵を食べるのは野蛮人だって。 

フォクシー1粒でアダルトヴィデオの女の子みたいになれるってきいたから、あたしは自分を魔女だっていってる友達に頼んで、パーティーに持ってきて貰い、最高に良く効きますように。そしてあこがれのトレーシーみたいになれますようにって魔法をかけてもらってから、彼女とキスをして、コアントローで飲みほした。
どこかで生きていれば35になるのね。あたしのトレーシー・ローズ。
あなたは、あたしが知るかぎり本当の天才。そして天使。 

あなたとパパの書斎で出会った日のことは一生忘れないわ。
黒革の表紙の本の裏に隠されていた80年代のVHS(ヴェ・アッシュ・エス)。
あのヴィデオキャセをパパから盗んでから、あたしの人生は変わった。あれがバイブルになったの。
あたしは今、あなたがデビューした年と同い年で、あなたの娘ぐらいの年だわ。
そう思うと、とっても変な気分。まだフォクシーは全然効いて無いみたい。
口の中は、熱いチェリーの味ばっかり。 

生きてれば74歳になるのね。あたしのグレース・ケリー
生きてれば15歳に成るのね。あたしのジョンベネ・ラムジー
あなた方の事を考えると、死ぬほどうっとりして、死ぬほど憂鬱になるの。
パパの命令でお医者様にマリリン・モンローそっくりに改造されたり、本当にある国の王女になるなんて絶対に間違ってる。
でも死ぬほど羨ましい。そして死ぬほど怖い。あたしはこんなに死ぬほど羨ましくて、死ぬほど怖くて、死ぬほど退屈。 

ヴァンドーム・ラ・シック・カイセ
ヴァンドーム・ラ・シック・カイセ
ヴァンドーム・ラ・シック・カイセ
ヴァンドーム・ラ・シック・カイセ

たくさん血が出たり骨を折っちゃったりするのは僕の時代にはあんまり好まれなかったんです。
フェティッシュとか、精神分析とか、そういう詰まらないものが流行っていて。
でも、彼女達が好きなものが結局、宝石と香水と毛皮だって事は永遠なんですよ。
裸に毛皮だけ着せて、香水の瓶を割って、お腹を軽く傷つける。
詰まらないプレイですけど、効果は凄いんです。真っ赤な血がうっとりするような香りで。 

宝石も勿論たくさん使いました。
トパーズ、アメジストオパール、こういう物には、水晶以上の魔力と、生体科学的な影響力があって、まあ、若返るんだと。
こういう話をすると、馬鹿にして嘲けり笑っている連中ほど、瞳孔が開いているのが解る。後で必ず呼び止められるから絶対。
それで、彼女達の宝石箱から一つ残らず出させてね。身につけさせるんじゃないですよ。体の中に入れてゆくんです。 

滑稽といえば滑稽だし、でも芸術的とも言える。
お腹を宝石でパンパンにしたご婦人が喘いでるんですから。勿論、楽しくも何ともなかった。
気持ちよくも何ともなかった。嬉しくも何ともなかった。
この国の社交界の一部では、こういったことが何百年も続いてるんだなって思うと、変に敬虔な気持ちにさえなりかけたもんです。日本人だからでしょうね。
僕は20歳過ぎてたんだけど、誰もが15歳ぐらいだと思っていて。 

最近はちゃんとクラブがあったりするんですよ。
卓もサウンドシステムもすごく充実していて。
ヴァルスやポルカが終わると、変な、聴いたこともないオーストリア語のハウスみたいのがかかるんですけど、みんなハイヒールに革靴だし、っていうか、踊りが凄くて、笑うのを我慢するのに苦労しました。
嫌な感じの嘲笑しかできないから。生まれてからずっとそうなんです。
復讐心ですか?どうだろう。今の東京の子供に比べればね。 

アメリカのポルノ女優に憧れてる。
っていう日本人の女の子が居て、さっきフォクシー飲んだの。
って、この子は全然踊って無くて、目をトロンとさせて、年寄りばっかり狙ってた。
世界中に行ったけど、どこも何も変わらない。
俺みたいになるなよ。って誰かに思ってた頃もあったんですけど、今はそんな誰かも居ない。
生まれて初めてです。自分からキスしたいなって思って。でも諦めました。彼女は消えてた。 


ヴァンドーム・ラ・シック・カイセ
ヴァンドーム・ラ・シック・カイセ
ヴァンドーム・ラ・シック・カイセ
ヴァンドーム・ラ・シック・カイセ

 

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外科医のトリシャ・ブラウン

外科医のトリシャ・ブラウン2017.x.x

Kさんの家に行くと、Kさんはわたしに必ず紅茶かお茶を出してくれる。わたしがコーヒーを飲まないから、彼女は代わりに紅茶を出す。その紅茶を飲んでいるあいだも、外の景色は澄んでいる、だがカーテンに仕切られて外の景色は見えない。いつ行ったときもそのように締め切られている部屋だが、不思議と圧迫感がなかった。プリンスホテルから持ち帰ってきたという歯ブラシで、彼女がいつも顔を洗っている洗面台で歯を磨くと、歯ブラシの歯先が硬いからか、毎回血が出てしまう。微かにひび割れた洗面台にその血を吐くと、その血はどこか泥のように見えた。わたしは泥を吐いていた。その血を見たくなかったので、すぐに水を出してわたしはその血を流す。

Kさんから届くメッセージにはいつも文末の丸がない。その言葉は文末の仕切りを失って、物憂げに余白に向かって開かれている。幽霊の文体、時差を伴って届く過去からの言葉。わたしはそうした文章の作法を、わたし自身が適用していないこともあり、快く思う。そのように各々が固有の言葉遣いのうちに身を隠し、自らの言葉に肉を与えればよい、それくらいでしか風土に根ざした言葉を失ったわたしらに、言葉を血肉化する術はないのだから。≪まぁ、それはうれしい。イヒヒと変に笑う私でも ≫

魚忠。わたしは煮物を頼み、Kさんはカキフライを頼む。店内のなかは空調が効いていて、額がわずかに汗ばむような気がしたが、Kさんはそうした素ぶりを見せなかった。わたしらは別のからだを持っている。注文を取るときのKさんは、数秒ごとに顔の表情を微かに変え、そして最終的には落ち窪んだ子供のぬいぐるみのようなつぶらな瞳をして、ウェイターの返答に頷く。複数の単位を基礎として多数化する距離。こちらから背を向けている客は英語で会話をしていたため、何をしゃべっているかは分からなかった。出されたお茶は温かく、飲むためにはもうすこし冷やさなければならなかった。

ひとと食事をするとき、わたしはいつも前衛的な舞踏や、もしくはジャグリングに使われるあの細長い棒のことを思い出す。それはまるで小道具を大量に使った舞台のリハーサルのようだ。Kさんとの会話と、お茶を飲むことと、いくつもの小鉢に入った料理を箸でつまみ、口元にまで運ぶこと。煮られて弾ける大豆のような気持ち。迷い箸は下品だからしてはなりませんよ、と親から習ったわけではないのに、気付けばそれを意識している自分がいる。なぜだろう。Kさんはやや緊張しているようにも見えたが、そもそもわたしはKさんのことをよく知らなかった。ふと、最初に抱き合ったときのKさんの心臓の激しい鼓動を、思い出す。猫のような振る舞いに隠された力強いリズムの感覚。出された豆腐に醤油をかけると、鰹節がほんのすこしだけ動いたような気がした。Kさんが美味しそうに頬張っていたカキフライは、「あかさか」で食べるカキフライよりもずっと大きく、おいしそうだった。食事を終えて会計を済ませ、外に出ると、細い雨が降っていた。わたしは傘を持っていなかった。Kさんはとても早い速度で歩き、わたしはバイクを引いて歩きながら、そのあとを急いでついていく。≪Everybody thinks I'm this delicate little girl.But you can 't judge a book by its cover≫

夢。歯科医の兄の部屋で眠ると、恋人との写真などがたくさん置いてある。すぐ先の部屋では父と母が寝ている。脳外科医になりたかった、と兄は言った。(汗をかき、そのたびに何度も眼が覚める)

シモンドンというフランスの哲学者がやってくる(舞踏家のトリシャ・ブラウンの親戚なのかもしれない)。彼は外科医でもあるらしい。母とともに踊りを踊る。医療者は変わり者じゃないと出来ない仕事だ、とわたしは言った。そのへやにはたくさんの医療者が居て、母とその男とともに踊り始める。彼と握手をすると、手をねじられる。親戚が家にまでやってきて、60近い親戚のおばさんが、とても過激な格好をしている。実は弟(妹?)がいるといった人がいて、その隣にはすっかり大きくなった従姉妹がわたしのことを、「楽天的に見えるけど、苦しそうなのを一切やめないひと」と言った。

上を見上げるほど大きな高層ビルが、この街の最大のアミューズメントパークだった。そこへ女の子と一緒に行く。なんでもあるんだ、と女の子は言い、じゃあ、踊れるところもあるかな、とわたしが言う。彼女はわたしと寝るつもりで会いにきたらしい。神学徒の友人が、わたしと彼女とのあいだにいる。彼女は、その友人ではなくわたしを選んだようだった。わたしは彼女と寝ることが何故か出来なかった。寝たくないからか、いったい何に問題があるのか、よく分からなかった。その女性はいつしか昔アルバイト先に居た顔のふっくらしたおかっぱ頭の女の子になっていた。肌の白い女の子だった。

わたしはものすごい勢いで呻きながら苦しみ始める。泣き出すわけでもなく、ほんとうにずっと呻きながら苦しんで、その苦しみの理由がわたしには分からなかった。わたしたちの育て方が悪かったのか、と両親は悩み、そしてわたしのことを考えるのに疲れて、わたしを放り出して二人の世界に閉じこもる。このまま自分がおかしくなってしまうのではないかと思うほど、その苦しみは持続した。

(起床後、わたしはこれ以上ないほど恐ろしい夢を見たと感じる)

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Our Girlfriends 断片

何かの始まりは、一体いつ起こっているのだろうか。エミが生まれたとき、エミは自分が生まれたことを知らなかった。エミは未熟児だった。母はエミがちゃんと育つか心配し、赤ちゃん手帳にはそうした母の心配が事細かに書かれていた。何かの出来事が起こったとき、その出来事は、いったいどの時から始まっているといえばいいのだろうか、お婆さんが淹れた熱い紅茶に、野戦病院の天井が映り込んだとき、中国人の男の前歯が、どこかに落とされたとき、そのときすでに何かが始まっていたのだろうか。(…)エミとユキは別の場所で、別々の時間のうちで生きながら、そうしたことを考えていた。しかしそのことは互いに口にしなかった。口にする口実が大してなかった。それによって始まりがいつからだったのか、彼女たちにはもう分からなくなっていた。だが、今年最初の光雨が地面に降り注いだとき、太陽が、滴の形で切り取られ、バラバラになってしまったときのことをエミはよく覚えていた。確かこんな感じだった、とエミは思い、そして今はすでにここにない風景のうちに自らを置く絶望的な努力を、もう一度繰り返す。彼女はそれをもう一度繰り返す。あれは少し前のこと、終わりがやってきたあとの、全く同じ一日の片割れ、今よりも過去の、そしてあのときよりは未来でもあった一日。

積み重ねられた本の山の、その隙間から、今日もまた光が差し込み、彼女が目を細めると、切り細工のガラス窓の外に、今年になって二度目の太陽が、滴の形に縁取られて降っている。それは彼女にはいつにもまして眩しかった。前回よりもずっとずっと眩しかった。そしてそう感じる理由は、彼女へ至る遥か手前で消えていたため、彼女はその光にたいして為す術がなかった。やがて光が、彼女の胸の内に沁みていくと、彼女の身は内から照らされ、そのうちの小さな彼女の嘘は、不透明なガラス板のなかの黒い沁みのようなものになって目立ち、それが彼女にとっては気がかりだった。しかしやがてそれすらも光は搔き消して、それは彼女を液化したそれ自身のうちに取り込み、そして去った。彼女は寒さを感じていた、眩しくてそして寒かった。光のなかに沈み込む彼女の目の前には、一匹の牛が草を食んでいる。いつの記憶だろう、と彼女は思う。耳には赤いリングが付いていた。どこかの農場だった。彼女の手はまだとても小さく、誰かに連れられて見つめるその牛の目は結晶のように輝く。--ドナドナ、あのかわいかった子牛を連れて行った作業着姿のひと、撫でるたびに鼻を鳴らして喜ぶ子牛、手を握られていたわたしはその子牛を怖がり、その細い指をしたひとはわたしの頭を撫でて、楽しそうに牛の鳴き真似をやってみせた。…今日は、外出するには外は寒過ぎて、居間の隅に置かれたあの天使の置物でさえ、触れれば氷のように冷たくなっている。そう、そうだ。「天使」にだって今日の外は寒すぎる!それに、わたしは天使になることさえ出来ない、それにわたしのからだは「石」になどなれやしない、石にも天使にも「動物」にも、でも、なぜわたしは、こんなことを考えているのだろう。石と天使と動物なんて、わたしには何にも関係ないことなのに--。気が付けばエミは、ユキのことを忘れ、お婆さんのこと、中国人の男のことも忘れて、彼女は朧げな想いのうちを一歩ずつ探索する。そのあいだも、彼女は毛布にくるまり、そして本越しに外の風景を眺めていた。滴の形に縁取られた光の粒は、依然として降り止むことがなかった。まるで何かに対して怒り続けているようでさえある、と彼女はその雨を見て思う。そう思っていた気がしていた。はっきりとそう彼女は感じていた。おそらく彼女はそのとき、自分が怒られている、と感じていたのではないか?だがしかし、誰が、彼女のいったい何を咎めて、このような雨を降らせているのだろうか。

彼女が机に置きっぱなしにしていた手鏡に、光が映り込む。その鏡の内側には別の一日の欠片があった。よく見るとそれは同じ場所、彼女の部屋、楕円形の形をした窓の前に、バリケードのように積まれた本の山が、意味を伴って映り込んでいる。それらの本は、とあるお婆さんが彼女に贈ったものだった。無花果の花を摘むのが好きな小柄のお婆さん。

トーマス・マンエミール・ゾラヴァージニア・ウルフシェイクスピアソフォクレスマルグリット・デュラスフランソワーズ・サガン幸田露伴野上弥生子

色々な本があった。読んだことがある本もあれば、名前さえ聞いたこともない本もあった。どの本も一様に、数十年もの時の流れを吸って、ずっしりと重たかった。それは彼女の知らない時の蓄積であり、人々の生きた痕跡だった。またそれは、彼女が生まれる前の世界の報告書でもあった。一文字一文字にその当時の時が空気のように挟み込まれていて、彼女はいつもそれらの本をおもむろに開くたび、人々の喧騒や静寂が徴のように溢れ出してくるのを感じ、そしてその黴くさい古書の谷間に挟み込まれた、記憶の糸口に耳を澄ませて、その音を聞くことが好きだった。それは意味ではなく音、それも、黴臭さの繭のうちに彼女自身を包み込むような、彼女が自由に身動き出来るような音の建築物でもあり、ときに、そうした本は、彼女の精神が根を生やす地層へと自らを差し出す、彼女だけの離れ島でもあった。そのように、彼女にとって読書と音楽の境目とは、限りなく薄い。それは複数ある別々の形が衝突して震え、異なる形が幾つもの層のように堆積して、別のより大きな形のうちに数えられるような、音と意味が交差するひとつの場所なのだ。パラフィン紙で装填された本を閉じると、埃がすこしだけ舞い、その埃が地面に降り立つよりも前に、彼女はその本のことを忘れてしまう。

彼女は本を読むことが好きだったが、本を閉じることも同じくらい好きだった。

「熱い紅茶ばかり淹れて、お前はトンマなやつだと野戦病院では詰られましたけど、まあ、あの男のひとらも随分焼きが回ってましたからね、数日後には、またどこかに配属されるんですから、可哀相なものですよ」湿った空気を吸った猫の腹を撫でるお婆さんは、彼女に本を差し上げるときに、その話をした。

お婆さんは、戦中のあいだ看護師に駆り出され、血を流した男たちの介抱をしていた。線の細いお婆さんは、当時、血に濡れた男たちのあいだを、どのように慌ただしく往来していたのだろう、と彼女は思う。彼女は、三角帽を被った育ちの良い若い頃のお婆さんが、止血をしたり、注射をしているところを想像するのが難しかった。彼女にとって、お婆さんはゆっくりと歩き、時折鋭い目をして相槌を打つ、とても自由な気風の人で、献身的な介抱をするようなひとには思えなかった。お婆さんの配属先の野戦病院では、多くの人がそこで職を失い、家族を失い、そして今まで連れ添ってきた自らのからだを失っていた。お婆さんが当時のことについて語ることはなかった。彼女はその話を聞きながら、お婆さんの顔を見つめ、何ひとつ聞き逃してはいけないようにと、耳を外側に向けて開こうとして、額に思わず力を込めてしまう。「あの当時、紅茶なんてものが出回っていたのに、わたしは驚いちゃってね。ついちゃんとあっためないと、と思うと、とても熱くしちゃって。≪あちち、おい、これじゃカバだって火傷するぜ≫ですって。ふふふ」お婆さんの膝の上で猫が伸びをし、お婆さんの細くてピンと皮膚の貼った手は、その姿を撫でている。彼女はあのときお婆さんからいただいた紅茶に、男たちの血なまぐさい無垢が映り込んでいたような気がした。それはハーブティーだった。だが、それほど熱くはなかった。飲みやすい温度だった。彼女はお婆さんから頂く紅茶が好きだった。

今年の夏が来ればまた、お婆さんは、太い樹木の幹の下に、色とりどりの花を手向けにいくはずだった。お婆さんはその儀式をあの日から一度も欠かすことなく続け、花をたむける太い樹木は、戦争が終わった日に病院の婦人みなで埋めたのだということを、彼女はいつの日かお婆さんから聞いた。--とても律儀なひと、わたしならすぐに忘れてしまう、店先で買ったはずの乾電池だって、家に帰って来れば、どこにしまったのか、すぐに分からなくなるくらいだから。ましてや、何十年も前に会った人のことなんて!--「エミちゃんは賢い子だけれど、わたしは当時、ほんとにどこかのろいところがあってねえ」。

ゆっくりと降り注がれ、地面の草花に染み込むその光の粒のことを「光雨」と呼んだのは、エミがときどき行く肉屋で働いている、中国人の男だった。遠い土地で聞こえた音の名残りが、空気のうちに残り、それが風に吹かれてその土地の工場に落ち、ワークブーツを履いた子供達が踏みつけたことで、発光する、それがやがて空に登っていき、雨と混ざり合っていって「光雨」になる、男はエミにそう言った。「内緒だよ、あの光雨に怯えてうちの店主なんて、自分のうちに穴を掘るつもりなんだ。≪飛んで逃げられないなら潜るしかねえ≫」浅黒い顔をしたその男は、店主の真似をするのが好きだった。

その真似をするときの男の顔の歪み方は、すこし変で、エミはそれをみると、なぜかいつも1日得した気分になる。今日はいい日、まずまず快調ね!と。「ねえ、内緒にしておくけれど、その話ってほんとうなの、だって…」「ほんとうって?オレにはそんなこと分からないよ。ただそう言っている人の話を聞いたんだ、それで十分だ。それがほんとうだ」。

語尾に「だ」を何度もつけてさえずるようにそう言った男は笑い、その笑顔は、前歯が一本欠けていて、それ見るたびエミはその欠けた前歯が今どこにあるのかを考えて、切り落とされた肉の一片を買う。彼女はそのとき、自分が肉を買っているのではなく、そのここにはない欠けた前歯を買っているような気がした。それは奇妙な感覚だった。--変な話、あのひとはそうやっていつも謎めいたことを言う。あのひとのこと、わたしは何も知らない。だけどあの茶色の野球帽は不恰好だから、別のかぶったらって、このまえ言っておくべきだった--「エミ、逃げるんなら空じゃなく、地下らしいよ。今のうち穴を掘ったらいい。また肉買いに来てよ、さようなら」

歯は食べ物を咀嚼するためにある。その歯も肉から出来ている。しかし、その肉も歯を持っていたのだろう、歯と肉は、どちらが先に彼女のもとにやってきたのだろうか。だが彼女はそうしたことを思うこともなく、ただ奇妙な感覚に引きずられ、脳裏に焼き付いた中国人の男の顔を、なおも思い返していた。満面の笑顔、しかしその口には歯が欠けている。穴が空いている、そして、その穴の向こう側には、彼自身がいる。

エミが住む一軒家の、二階の一室で、エミは毛布にくるまったまま、首の付け根に、光雨がまだらの模様となって映り込むのを感じながら、次第に、昨夜の夜の香気が、いまだに鼻腔の奥のほうに残り香として残っているのに気が付き、彼女はおもわずくしゃみをしそうになる、そして咄嗟に口を押さえた。

ユキは、今もぐっすり眠っているはずだった。

エミは音に敏感なユキを、起こすつもりはなかった。あんなふうにユキが突然エミの一軒家を訪ねたのは、初めてのことだ。ユキはいつも日曜のお昼にやってくる。居間の窓際を陣取って、外から差し込む光が、床に陽だまりを作り、そこで猫のように体を丸くしてにやにやしている姿を、いつもエミは見ていた。「この場所、わたしがいつも予約してるから」

その日の前日、つまりエミが光の雨を見つめた最初の日、カーテンのように襞を作った雲が月を遮り、エミの一軒家の前の道は、舗装されたばかりで滑らかで、誰の足音も吸い込んでしまうその道を、ユキは歩いて彼女の家にまで辿り着いた。家には誰も居なかった。エミはまだ仕事をしていた。そのまま家の冷たい扉に額をくっつけて、ユキは眠っていた。それがエミによって発見されたのは、それから一時間後のことだった。「お、やっほー」「うげ」 「いれてくれー」 ユキはエミの体に鼻を擦り付け、そして悪だくみしているようにクスクス笑う。もたれかかるユキの吐き出す息には、香水とお酒の匂いが混じり合っていた。ユキの頰は、赤くて、それでいてどこか白かった。二人は暖かな家の中に入り、エミは紅茶を入れ、ユキはいつもの場所を陣取る。

茶の湯気を口で吹きながら、体操座りをして居間の地べたに座るユキ、裸電球のままの居間の灯り、冷蔵庫の隣に置かれた猫の置物、玄関口に置かれたユキの靴は、酷使されて悲鳴を上げているようにヘタっていた。ユキが居間のテーブルの脇に放り投げた革のバッグは、彼女の見たことのないものだった。丸いバッグだった。中にはたくさんものが入っているせいかよく膨らんでいた。ユキはいつも物をたくさん詰め込む子だった、とエミは思う。そう思ったとき、ユキは今日あった出来事のことを話していた。

「ペコさんがお客さんのお皿ひっくり返しちゃって、あのときは、ペコさんを店先のマトリョーシカのなかに隠そうかと思ったけど、ペコさん楽しそうにハーハー言っててね。しょうがないから、お客さんに謝って料金タダにした。家族経営だから許されるこのユルさよ。…でもさあ、ペコさんとは長い付き合いだけど、もうちょっとお客様に優しくというか、ここフランスじゃないんだから、お客さんがいるときは、ご当地猫みたいにマスコットになってくれればいいんだけど…」ユキは話をしながら眠っていた。すやすやと寝息を立てていた。小さな少女のようにして絨毯の上に横たわっているのをエミは見ながら、ユキのボブヘヤーの髪が、ユキの口元にまですこしかかり、ユキのしっかりした形の耳に、幾多ものピアスが、裸電球に照らされて光っているのが目に映った。--ピアス、いつ開けたのかさえ知らなかった--「だってエミ、そういうの嫌がるでしょうよ」目が覚めたあとのユキは、エミにそう言ったが、そのときのエミは、打ち明けてくれなかったことにすこしだけさみしさを感じながら、ユキに毛布をかけ、ユキの頭を撫でた。ユキの頭の形はとてもよく、耳元でくるんとカールしたユキのボブカットが、エミは好きだった。エミの掌が、ユキの頭頂部に触れると、彼女は首筋を微かに震わせ、その辺りの空気もまた震える。エミは、そのままユキの隣に寝転び、彼女のからだを抱き締めると、「ふふ」と眠りの隙間からユキは笑い声を小さく立て、そして寝返りを打った。外には風は吹いておらず、物音はあの滑らかな道にみな吸い込まれてしまう、部屋の中も、部屋の外も、ユキの寝息以外には、何ひとつ物音がしなかった。「言いたいことがあるなら、また明日聞くからね。ゆっくりおやすみ」エミはそう言った。それは自分に言い聞かせているようでもあった、そのことに気がつかないフリをエミはしていた。

少ししてエミは立ち上がり、冷たくなりかけている紅茶を飲みながら、眠っているユキを尻目に二階に上がろうとした、そのとき、エミの体が居間のテーブルに少し当たり、何かが落ちた。平べったいように見えた。それは『動物農場』だった。それはお婆さんに貰った本の一つだった。その本の題名につられて、彼女はふと、お婆さんの膝の上で眠る猫の姿が、目の前によぎったような気がした。彼女は動物を飼ったことがなかった、ひとり寂しいから動物を飼うというのは、どこか悪いことをしているような気が彼女にはした。エミは悪いことをするのが怖かった。しかしそれを誰か他の人に言ったことは一度も無かった。それを言うことはひとを傷つけることのような気がした。--猫は好きなんだけれどな、だって、彼らは誰にも何も期待していないから--。彼女にとって、一番身近にいる猫とは、お婆さんが飼っている猫だった。オスの猫だった。去勢された猫だった。おとなしい猫だった。「わたしらもずいぶん若くってね、周りの女の人らは、血気盛んでしたよ、女は革命と恋愛だって言ってねえ」そう話すときのお婆さんは目は、かつての燃え盛る命の輝きを取り戻し、いつも若い少女のようだった。そして相変わらず猫の腹を撫でていた。猫は気持ち良さそうに眠っていた。

「…それで、もう出ることにした。もういい、あそこにいるだけでわたしのなかの何か死んでく気がするね」次の日の朝、寝癖の付いた髪をかきあげ、何かを決意したときのユキの顔を見ると、エミは、蜜柑の樹に登って蜜柑の果実をもぎ取ろうと話していたときの、少年のようなユキのことを思い出す。心なしか柑橘系の匂いが風に乗って居間を包み込んだような気がした。ユキはいつも髪が短く、スカートを履かなかった。「そう、でもどうすんの、あなたには…」そうエミは言いかけ、口を噤む。

--頼れる人はあの風変わりな家族だけでしょ、か--。

口を噤んだエミを見つめるユキの目には、強い意志が感じられ、エミが何を言おうとしているのかを、すべて理解しているようだった。その瞳は、ユキの生い立ち全てを象徴しているように力強くエミには思われ、エミには触れられないような何かが、その瞳にはあった。そのせいかいつもエミはその瞳の奥を覗き込むのをためらう。そこにはたとえ友達であっても気軽に覗き込んではいけない何かが横たわっていた。それはエミがユキと出会う遥か前からユキのなかにあるものだった。

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絵はわたしを見返さない(点のように記号的な目だったから)

むっとした顔で昼、大島渚の『日本春歌考』を観て、その「親は呪え、師は殺せ、友は裏切れ」のコピーに、わたしは数年前の春をひっそり垣間見た(が、そのあとは「女は抱け」で一挙にわたしが分散して片割れは消えた)。

作中、伊丹は教え子たちをメソポタミア文明の展覧会に連れて行こうとして一酸化炭素中毒で死ぬ。ならばと思い、支度をする。

1967年の伊丹十三の代わりにやってきた美術館はわたしより大きく、わたしはその中に収まってお腹を痛くする、というのも美術館の大きさにはいつも号令が鳴っていて、その癖中心ではロボットと子供たちがダンスしているのだ、全くからだのバランスが悪い中年男性の園である。中年男性はいないのだが。

伊丹十三の代わりに観る中沢琢二(知らない作家だが、脇に九州派の寺田がある、描線や額縁とは別に、わたしはその名にかなり馴染んでしまっている)。f:id:hiropon110:20170328185007j:plain

伊丹十三一酸化炭素中毒で死んだのが1967年、同じ年の作品を探すと『子犬と女』というのがあった。伊丹は教え子たちをメソポタミア文明の展覧会に連れて行こうとした、この絵はそれとは全く関係がなかったが、とりあえず関係があると思い込む。

油彩の線の厚みは、塊(マッス)と形態とを同時に(内と外とを繋げる仕方で)面にする。そして、仮にそれが、画布と鑑賞者のあいだの距離を、そのまま作品の成立条件に含むことを要請するとしたら?

より塊と形態とを一致させればさせるほど、作品がうちに含む距離は伸びる。(例えば「首飾り」のワンピースを着た少女の膝下が膨らむためには数十メートルの距離が必要だ)

鑑賞者は、『十和田の娘』で『最上川の女』で『少女』で、面からその物質としての制約を忘れるために、面とのあいだの距離を、条件として飲み込まなければならない。

ならば、中村琢二は、画布に油彩で対象である人を描くという、平面と最も至近距離にある状態から、それへと向かい、それを鑑賞する者たちへの距離を、面のうちに塗り込んでいたのではないか。

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寺田の『我がモンロー』は、形態が重力によって歪み、そこに油彩が繰り返し塗りたくられることで、油彩の持っている形態と塊の一致という理念を、中村などの作家よりも、より自覚的に反復している。

そこで何らかの運動は、描くの身体の側にではなく、油彩の特質のうちにある運動として結晶化している(観るものたちは、作者の身体と同一化するのではなく、構図のうちに表現された重力を自らの知覚に移植しはじめる)

こうした油彩のラディカリズムと、中沢の牧歌的なリアリズムとの差異は、どこまでが本質的なものなのか。わたしは、ここには本質的な差異はないと思う。

だが、同じく油彩を用いた孫雅由の『色の位置』は、この両者とはっきり対立している。『色の位置』は、むしろ平面と立体の関係を油彩によって仮構することを、拒否しており、いわば対象の模写ではない抽象的な画布の中でも、孫の試みは、還元主義のような「減算志向」があるのだ。f:id:hiropon110:20170328184522j:plain

ただし、モンドリアンポップアートとは違って、油彩には描くもののうねる手付きを、どうしても消去出来ない。『色の位置』の描線の羅列は、そうした油彩のうねりによる立体性を拒否した上で、色彩の差異によって立体性を仮構しようとする。ゆえに寺田のような正統的なラディカリストとは別の方向から、類似した理念(擬似理念)を提示している、と言えるのかもしれない。

中沢の風景画を除いた油彩において、着目点としてあるのは、顔の記号化をどう処理するのかという点と、着衣の厚みと影との関係に、簡略手続きの手法がどれだけ徹底されているか、という点ではないか。この二つの点で好対照を為していたのは中村研一の『サイゴンの夢』だった。

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坂の向こう側

 遠くへ行こう、と思う瞬間があった。

 それがどんなときだったのか、今となっては思い出すことは出来ない。それでも確かにそうした感覚を強く感じる瞬間があった。子供の頃、わたしの行動範囲はいつもとても狭かった。わたしの家が位置する地区は、学校の指定した校区の、ちょうど境界に位置する地点であったため、わたしが家を出て見える家は、「別の学校の家」だった。それは別の世界そのものだった。

 そうした決まりに対して、わたしは頑なに従うほうではなかったものの、なぜかわたしは、その決まりを破ったことがほとんどなかった。そのためわたしの行動範囲はいつもとても狭かった。それ以上先に、足を踏み入れ、道路を横断することを、わたしには許されていない、当時のわたしはそう思っていた。

 校区の端に住居があったなら、ではその校区の中心に向けて出歩けばいいではないか、とひとは言うかもしれない。だが、わたしの住んでいる地区は、森を造成して切り開いた新興住宅地であり、校区の中央へと行くには、楕円曲線を描きながら緩やかーーしかし上り下りするにはあまりにもきついーーに上昇していく坂を降りなければならなかった。「地獄の坂」とクラスメイトらから呼ばれていたその坂は、どことなく校区の中央へと出歩かせる気力を、わたしから削いでいた。地上より高いわたしの住宅地は、森の匂いが、碁盤の目のように整然と建造されていった家々によって削ぎ落とされた、他の場所よりも、すこしだけ空の近いところだった。公園でキャッチ・ボールをして、時折投げる方向を間違ってそのボールが公園のフェンスの外に落ちると、そのボールはどこまでも下にまで落ちていき、わたしと友達は、そのボールが落ちていくのをただフェンスの網越しに見つめていた。

 思い返してみると、あれは確か陽が沈み、整然と並ぶ家々の隅に影が出来始めるころ、電柱に備え付けられた灯りが点灯され始めるよりも少し前の、ある夕暮れの一日だったのかもしれない。台所には魚を捌いている祖母が居り、居間は白熱灯の灯りでしっとりと橙色を帯びていた。三歳上の兄は中学の部活動でまだ帰ってきておらず、両親はまだ仕事をしていた。家にいるのは祖母とわたしだけだった。わたしは家を出て、駐車上の端に停めてある自転車に乗って、尻尾を振って遊んでくれると勘違いした犬を尻目に、外を出た。遠くへ行こう、と思った。

 行き先は特に決めていなかったが、次第にわたしは校区外の、祖母の姉が入居している介護施設へ向かっていた。祖母の姉は後期高齢者で、独身で、大阪で靴屋を営んでいたひとだった。「あのひとは金にがめつくくてなあ」、祖母は土産物を持って姉のところにまで行くとき、いつもそう言った。一度だけ家族に連れられ、祖母の姉のもとへ行ったとき、握りしめた祖母の姉の手はしわがれていたものの、その手の力がとても強かったのを、わたしは思い出していた。わたしは特にその祖母の姉が好きだったわけではなかった。覚えている記憶といえばそれくらいだった。もう何年も会っていなかった。

 校区外を出るとすぐに、「地獄の坂」よりもずっとなだらかな坂が続く大通りに、わたしは突き当たった。その向こう側には、大学を誘致するために大規模な工事が日夜続けられており、その坂によって区切られた二つの崖には、M字型の橋が立てかけられたばかりだった。まるで笑っているように見えるそのM字は、その乳白色の材質と相まって、未来の都市へと渡されている橋のように思われ、わたしはそれを見ると何故かいつも喜びを感じ、顔をほころばせた。そして、その橋の向こう側は、その先を眺め見ることが出来ないほど、坂が延々と続いていた。わたしは立ち漕ぎをしたままその向こう側にある、介護施設へ向かっていった。陽の翳りが月の光に溶け込み、家々の軒先からは光が漏れ、散歩をしているひとと犬は、いつもよりも影のように空々しかったような気がして、吐く空気さえも他人の息のように思われた。吐く息が白くなるほど寒くはなかった。

 このまま帰らなかったらどうなるだろう、にわかに冷たくなりはじめる空気が頬に触れ、わたしはそう思いながら、車で昔その向こう側に行ったときに見た、森の端に建てかけられた看板のことを思い出していた。その看板には一枚の写真が貼ってあった。先の尖った石が写っていた。但し書きによれば、その石は旧石器時代に使われていたもののようだった。森は何千年前からそこにあったのだ。その写真のように、いつかあの森のなかに溶け込んでいったら、何千年後にわたしの写真がそこに載るのかな、数千年前にこの森に迷い込んだ少年の写真、と但し書きを書かれて。そう思っているうちに、わたしは坂を上ってしまう。後ろを振り返ると、模型のように小さく見える家々と、坂を照らす電灯の列が見え、石畳のその坂に照らされた光と影が混じり合って濁り、遠くから聞こえてくる車の音は、その坂の濁りのうちに吸い込まれ、そして何も物音がしなくなった気がした。身体の表面に、薄い膜が貼られたような奇妙な感覚の存在に、わたしは気がつきそして身体をさすった。

 家から出て数百メートル足らずの坂の向こう側の平地には、今なお作られようとしている大学が雑然と並んでいた。近代的なその建築物たちは、数年後に完成され、その一帯は一つの都市のようなものになるよう計画されていたようだった。登り坂の端には、笑顔を浮かべた家族の写真が貼られた入居者募集の看板と、厳めしい大学の完成予想図が貼られた大学の看板が立てかけられていた。「国際的な社会変動の先を見据えて、科学研究の更なる向こう側へ」。わたしはどちらの看板もあまり好きではなかったが、その理由は、自分でもよく分からなかった。それに、学校で会うクラスメイトはみな地獄の坂の下で生活していて、そうした人工都市の話がクラスメイトとのあいだで為されることもなかった。わたしにも、クラスメイトにも、わたしの家族にも、それは何の関係もないことのように、当時のわたしには思えた。介護施設は、楕円形を描く人工都市の、その隅にある森の近くにあった。

 結局のところ、わたしはその介護施設を訪ねることなく途中で道を引き返し、坂を下って来た道を辿って帰り、犬に餌をやって、そして何事もなかったように家の扉を開け、玄関から漏れ出す強い光を浴びた。わたしは家に帰った。

 どうして介護施設にまで行かなかったのだろう、と今になっては思うが、その理由はどうしても思い出すことが出来ない。坂の向こう側には、今では様々な大学がひしめき、海の向こう側からやってきた留学生がその道の端でわたしの分からない言葉をしゃべっている。「国際的な社会変動を見据えて、科学研究の更なる向こう側へ」。

 そのとき飼っていた犬は死に、その数年後に、両親は別の犬を飼うようになった。また、祖母の姉は今も変わらずその介護施設に住み続け、そして、わたしの祖母は、今も土産物を携えて姉のところへ行っている。あの祖母の姉の、温かな手と、力強い感触。「あのひとは金にがめつくくてなあ」。

今では、遠くへ行くことはあっても、あの坂を登ることはない。それは悲しむべきなのか喜ぶべきなのか、あるいは大したことではないのだろうか。時々思い出す。

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名前と「もの」

名前と「もの」

 言葉の、特に名詞は、ものや出来事の名であると言われている。
 名詞は、無意味な音素の羅列ではなく、それ自体が何かを指し示しており、何らかの視覚的な表象や感覚知覚などに結びついている。しかし、ほんとうに言葉がものとのあいだに対応関係を持っているのかどうか。それは、動詞や名詞などを修飾する形容詞や副詞などのみならず、確実に一個のものと対応している名詞でさえ、怪しいことがある。

 いくつかの方向性を考えながら、先に進めていこう。それは極めて単純な話である。
 目の前の物質としてある「これ」と言葉の上での「本」は、同じものだろうか。語と対象とが同じである、というときの、この「同じ」は、いったい何を意味しているのだろうか。まず、感覚知覚の方向から考えてみる。実在する本はわたし自身の観念の連合物などではなく、わたしの複数の知覚や複数の時空のもとでの知覚経験を総合したとき、それが「同一性」を持ち、常に同じこの本として考えられ、また本の持っている一義的な「読むことが出来る」という機能を有するものとしてその本がある場合、その本が「在る」ということを、わたしは理解する。つまり、それは先験的な対象ではありえず、わたしの経験を必要とする認識である。そして、「本」という語が、本という実在する個物を指しているという了解をわたしは行う。
 だが、もし仮に、本が粒子の集合であり、量子力学の考え方すればどの本であれ、読むことが出来るものというよりも、そうした粒子の集合でしかないといった場合、本はわたしが知覚経験と表象によって結びつけているあの「本」という語と、同一のものを指し示していると言うことが不可能となる。

 つまり、純粋な自然科学における対象認識において、本という語は、何も指し示さない「不適当な語」となる。
 では、それでもなぜ「本」という語がこの世の中にはあるのか。それは、物理法則の世界においてこのような語による意味の文節化はナンセンスであったとしても、人間の経験的な世界においては「本」という語によって何らかの意味を発生させることが可能だからである。わたしたちが、そのような世界把握をもとにして生きていること、わたしたちの認識が、物理世界の法則にすべて還元されない形で存在していること、ここにおいて、本という語が科学法則における語の採択から逃れ続けている意味がある。(私見によれば、この問題は用在連関が一義的な形相とは別の機能を生み出すことよりも、重要な論点を含む。これは、事実としてそれが「原因」となるような真のものの秩序が、「結果」のうえで問題とならないということを指しており、意味の論理学におけるドゥルーズの議論が参照項となる。また、これはいわゆる「存在論的コミットメント」とクワインが読んでいる問題であり、科学的実在論が多く議論している)

 だが、それに対して、言葉の不完全さはもっと別のところにある。本の例を挙げていくなら、わたしは本という観念を有してはいるものの、その本という語に対応している本は、必ず「この本」と直接に指示できるような、他の本から区別された個物であり、固有の題名を持っている。たまたま視界の目の前にある「精神症候学」は、その隣にある「美学事典」とも違うし、「眼と精神」とも違う本である。いうなれば、本という語は、あくまでも特定の個物に対応しているのではなく、その個物の有する代表的な性質とに対応している、ということができる。つまり、当たり前だが本とはカテゴリーの名であり、固有名ではない。
 このような推論を通じて、本という語は、一般に個物を指示しているのではなく、個物をもっと正確に指示することが出来るのは「固有名」である、とした。だが、次にこの「固有名」もまた、そう簡単に了解することが出来ない性質を秘めている。固有名は、直接個物に対して名付けられている。わたしは「精神症候学」という本が、目の前の物質として紙の束と正確に対応していることを理解する。しかし、なぜ「精神症候学」という固有名が、この目の前の本に対して与えられたのか。その理由の一つとして、その本の著者がその本をそのように名付けたからだ、という解答がありうる。では、なぜ著者はこの本をそのように名付けたのだろうか。
 
 固有名は、その個物の内容を代表しているものだとするなら、「精神症候学」という名が、その本の内容を一番代表しているものとして、著者によっては考えられていたのか。しかし、その本の内容と題名が一致していることは、そのように著者がそのこの本に対する名付けに特権的な位置が与えられている、という前提を持たない限りは、成り立つことが出来ない。クリプキがそう考えていたように、名付けは行為としてのみあり、その名付けを正当とする根拠はその行為が事実として行われた、という事実性に依拠している。*1
 また、仮に別の観点から固有名と対応する個物について検討すると、用在性がそのものの本質を規定する、という議論へと接続できる。本という個物が、たとえその制作の過程において、ある一義的な目的を可能とするものとして制作されていたとしても、その個物は、それだけにとどまらない用在的性質をはらむ。これもまた単純な話だ。ある物質としての質料を持っている本は、それをシートの代わりに地面に置き、その上を座ることも出来るし、また本は紙という可燃性の物質によって出来ているため、暖をとるためにその本を燃やし、その火によって身体を暖めることもできる。

 問題は、わたしたちにとって本が、ある一義的な目的のために名前を与えられているが、その名前とは別の形で本を「使用」するとき、それでも本が、その物質的同一性とおなじような同一性を持ったものとしてそこにあるということを、どのようにして了解すればよいのか、ということである。これは、生成の途上で多様な役割を持ったものとしてある本が、絶えず物質的同一性を持っているのに対し、そのほかの同一性の面で、それは変わり続けていっている、ということを意味するのだろうか。
 とはいえ、目の前にある物質が、「本」というカテゴリーも、個物としての固有名である「精神症候学」という名前も持たない、すなわち言語的な意味文節の埒外にあるものだとしたら、どうだろう。まるで自動車をはじめて見たときの古代人のように、白人種をはじめて見たときの未開人のように、わたしたちの経験世界のなかには存在しないものが突如として現れたときに、われわれがいかにしてその個物にカテゴリーを与え、階層的な名の秩序のうちに位置づけることで、自らの経験世界の内側に取り込んでいくのか。それとも、いっさいの名付けを拒んでしまうような個物というものは果たして存在しないのだろうか。

 たとえば、わたしは目の前の「精神症候学」を、本であることとは忘れ、新たな名付けを試みようとする。この物体には、厚みがあり、いろんな角度から捉えたとしても、ある立体的なものとして存在している。形態的に見れば、この物体はの直方体であり、わたしが眼をつぶっているときも、手で触れればそれはまだあり、わたしが手で触れないときも、それは目で見えており、すなわちわたし自身の一つの感覚知覚に依存した形で存在しているわけではないらしい。とはいえ、まだ本というものの存在を知らないと仮定されたわたしは、おそらくこの物質が自らの知る植物や海洋生物とは別のもの、誰か人の手で作られた人工物(生きていないもの)であることを理解し、そして、これが「いかなる目的や役割を持ったものなのだろう」と推論をはじめるに違いない。そこにおいて、わたしははじめて目の前の人工的な物質が、その紙を一枚ずつ破って燃やすだめではなく、わたしの視覚の機能に従って文字が配列され、ある特定の知識がそこに書かれている文字によって示されている、ということをおぼろげながらに理解したのち、その機能をほかの諸物の持っている機能から区別する形で、まずこの物質の機能面でのカテゴリーを考え、そして次にこの目の前の本の固有名を考えることとなる。
 
 さて、実のところ本題はここからである。
 わたしははじめに、語と対象とが一致しているとはどういうことかを考え、やがて語が往々にしてカテゴリーを示しており、個物を示すさいには固有名が必要とされること、等々を論じ、その対象の固有名は対象の創造者による「名付け」という事実的行為を根拠としており、他方でその対象は用在連関においては多様な機能を果たしつつも、物質的な同一性をもったそれは、最終的にそれを使用する存在にとっての一義的な目的によって、カテゴリー自体が規定される、ということを大まかに論じた。
 問題はその次である。わたしたちにとって、名付けようのないものとは、固有名を持たないものではないだろうか。以前書いた拙文*2のなかでは、その例として、「目の前の壁、砂利」などを例に取った。確かに、それは全く名前の持たないものではない。玄関を開けると見えるアスファルトで固められた物質は、「壁」と言われるし、たばこを吸うときに灰を落とす石の集まりは「砂利」と呼ばれている。先ほども問題にしたように、ここでの名は主に類を指示している。そのため、個物というものが問題にならない。ゆえにわたしのなかに「了解不可能な分からなさ」が生まれてしまう。
「本」と違い、わたしがおそらく語と対象との一致等々の問題において問いを立てるのは、このような対象物と名の関係なのである。私的な話だが、わたしは、昔から今自分が行る場所がどこなのかがさっぱり理解できずに、すいすいと地名を覚えられる人には驚きを覚えていた。この場合、わたしは場所という不定形なものと、一つの語が対応するということが、理解できなかったのである。
 それは何「である」か。引き続き壁や砂利を例に取ると、まずそれは人工物だろう、誰か人が作ったものだ。なぜわたしの家の前には壁があるのか?わたしの家の目の前は公園になっていて、その公園からわたしの家が丸見えになってしまうから、壁があるのだろう。そのような「一義的な機能」を持ったものとして、壁がある。だが、壁はわたしに別の疑問を抱かせる。仮にその疑問を「分割不可能な実体物への名付け」としてみる。本やテレビといった諸物が、わたしにとって名詞と相性がいいのは、それらが空間の内でわたしの知覚可能な大きさのものとして、他から分離しているからにほかならない。それは他の物質とのあいだに連続的な関係を持っておらず、何らかの形で分離していることで個物として存在している。しかし、壁はそのような仕方で他から分離しているだろうか。何かしら、そこには連続的なものとして、すなわち地面に打ち立てられ、のっぺりとした外形を持ち、そして運動しておらず、何よりも人間の知覚経験のうちに収まりきれない。

 もう少し丁寧に見ていく必要がある。
 砂利の例は一旦省き、壁にだけとどめよう。もしかりに、わたしの玄関を出てすぐのところにある壁を、ある他から分離した特定のものとして名前を呼ぶ必要が生じたとき、わたしはそれを、「玄関を開けたらすぐある壁」や「公園とアパートを隔てている壁」というふうに呼ぶ。このとき、わたしは対象の固有名を呼ぶのとは別に、目の前の対象が、他の対象とのあいだで形成している「関係性」を指示し、その関係性のうちにある対象として、目の前の壁を指示する、という手続きをとっている。(ベイトソン
 だが、その関係性を通じた命名は、その関係性が持続している限りにしか、有効ではないのはもちろんのことだろう。わたしがこのアパートから引っ越してしまえば、「玄関を開けたらすぐある壁」という呼称はもはや成り立たないし、公園が潰されてマンションが建ったとしたら「公園とアパートを隔てている壁」という呼称は成り立たない。ゆえに、関係性に根ざした対象の名は、その関係性が変化することによって、名前自体を変化させていかなくてはならず、仮に「名の同一性」というものを想定するなら、その壁には名の同一性はない。付け加えておくと、「壁」は、やはりカテゴリーであり、わたしの目の前にある「この壁」というときに、その個物としてある壁を名指すことが出来ていない、とわたしは考える。ここから、幾つもの議論を接続することが出来る(廣松)。対象を名指す語は、それが呼称された途端に、ある不死性を獲得する。たとえば目の前の壁や、あらゆる場所にある壁というものがすべて破壊されたとしても、「壁」という語自体は死滅することなく残る。目の前にある対象が、語が名付けられる以前の対象だとしたとき、そこに立ち現れるものは、不定形で本質を持たない謎のものであり(サルトル)、そうした剥き出しの存在に耐えかねて、我々は名付け行為を通じて、世界の安定化を図る(中井)。また、ハーマンはオブジェ志向存在論のなかで、対象が無限の可能性を秘めたものとして、相関主義的な人間の認識に由来しないものであり、その対象の無限性は常に認識主体の認識から「退隠」しているもの、と考えられる。

 こうも言えるだろうか。壁というものが、時空の持続のなかで生まれてきたとき、その壁が生まれる以前にも、それを作った制作者は別の壁を通じて壁の観念を獲得しており、互いに物質的にかけ離れた世界中の壁は、その「壁」という観念が生み出され、それが再現されていくリレーのようなものとしてある、ということも出来る。(これは壁というものの起源が、目の前の壁というものにまで連綿と時空を越えて継起していることを指す)
 ここで、わたしのアパートの前にある壁という例を取り外し、もっとわたし自身の関心へと近づけていこう。わたしたちの生命環境を構成する時空のうちには、量的に無数ともいえるものが存在している。それらを数的に捉えるためには単一の単位(数的記号)にまで還元しなければならないが、ものの数は通常、そのものの性質に従って単位を持ちうると考えられるため、洋服と本と床を同じ「一個」として数えることは、どこか不自然さが残る。ここで、その無数のものたちは、そのほとんどが固有名を持たないものとして、複数のものや主体や環境とのあいだで関係性を有するものとしてその時々に名前を付けられている(わたしが今居るところは、何々通りの、何とかというお店の前で、番地は何々で・・・)。たとえば今わたしがいるアパートのなかでさえ、床があり、段ボール箱があり、本棚があり、ペン立てがある。たしかに、わたしはそれらのものへと「志向性」を向けたとき、それらのものは、他から分離したものとして、指示されることが出来る。しかし、テーブルは床の上に接し、その上に事典やコップとが配置されており、本の下にはポストイットが差し込まれ、そのポストイットの隣には筆箱があり、床といってもテーブルの上にある床とは別に、台所に行くと冷蔵庫や本棚に接している床があり、その冷蔵庫の上には電子レンジが置かれ、その電子レンジの上には調味料を入れたカゴが載っている。このように、宙にただ一つの本が浮かんでいて、目の前にただ一人の人が建っているというわけでもなく、様々な単位によって無数の数え方があるようなものが、それぞれある配置関係のもとで、他のものと多様な関係を持っているとき、それらの関係性を包括的に呼び習わす名前が、果たしてありうるのだろうか。雑駁に言うならば、ものの複雑さに対して、名前はそのものの性質を捉えきることがない。
 そのような仕方で物質としての対象が存在し、そして言葉というものがそれに名付けられている。そうしたとき、(すくなくとも)わたしはこの複雑な関係性を織りなしているものの秩序のなかで、それらの秩序の全体性を捉えきることなく、部分的にそのものに名前を与えることに止まる。

 また別の例を言えば、地図は、実際の空間のうちにある単一のパースペクティブによっては記述されず、その空間の配置関係を鳥瞰したときに得られるような関係性を、平面図に書き記すことで、空間を文節化して、その平面図に照らし合わせて個々の空間に番地が与えられ、言い換えれば「名付け」られている。
 量子物理学の例でも挙げたように、また関係性を名の代わりとする例でも挙げたように、このような名付けには、ある方向性が与えられている。地図という空間の配置関係が絶えずその瞬間での普遍的な関係性を指示しているとしても、仮に量子物理学のいうような物質の普遍的な秩序からすれば、そのように空間配置を考えるときに物質を粒子以上の固体だとすること自体が、すでに見誤りだろう。ここにもまた、主体との相関性徒の関係でものの名付けが行われている。
 このような「もの」は、アリストテレスのカテゴリー論からすれば、その最上類は「存在」である。存在は、それ自体が何の性質にも依存しない実体であるから、このようにわたしの感覚知覚を通して種々の仕方で名付けているものの名は、そもそも不適当なのかも知れない。

1、言葉は音素の集まりではなく、何らかの「意味」であり、特に名詞は対象を指示している。
2、対象は先験的な観念ではなく、時空内部での知覚経験の総合により、「同一性」を持ったもの捉えられ、次にその対象の一義的な機能(形相)とによって、名が与えられる。個別の音素の集合と意味とのあいだには絶対的な法則は存在しないが、一度何らかの形で発生した音素と意味の一致は、ある程度の時間、発話者たちによって維持される。
3、量子力学等の自然科学が提示する物質観は、その真偽は問わず、一義的にものの名前に妥当するわけではない。なぜなら、我々は量子力学の想定するような物質を知覚することが出来ず、我々の経験世界は我々の知覚に合わせて対象にも名前を付与している。故に、本を「本」と呼ぶことは、発話する人間存在にとって有意味である。
4、対象は、大抵カテゴリーとして名付けられ、個物に純粋に対応するのは固有名だけである。
5、類の名が、相互の類とのあいだで一義的な形相によって名付け分けられるのに対し、固有名は「名付け」という事実的行為をその根拠とする。
6、対象はその一義的形相とは別に、用在連関のなかで多種多様な「使用」が行われる。これは物質的同一性とは対比的である。
7、未だ名付けられていない対象と遭遇した場合、まずその対象を複数の知覚によって検討し、それがどのような質料であるのか、それが人工物か自然物か、それがいかなる目的因を持っているのかが検討され、そうした探索行為を経て、対象はすでにある名付けられているものたちとの連関のうちで名付けが行われる。
8、壁が了解不可能なものとして現れるのは、それがある固有名を持たないこと、またその対象が人間の知覚において他の対象から分割された個物として存在しておらず、「分割不能な連続体」として捉えられるためである。
9、壁を名指す場合、それは名指しの主体との関係や、その壁の想定されている空間内部での機能関係とを名指す形で、つまりその対象の関係性を名指すことにより、名指しが遂行される。
10、廣松は語が対象と対応しながら、対象が生滅するのに対し語は不滅であると考え、サルトル-中井はどのような語とも対応していない対象は経験世界の秩序を破壊するものと考え、名付けはそうした世界を安定化させるものと考える。ハーマンは認識主体との相関とは関係なくある対象は、無限の可能性を持ったものとしてあり、認識主体との相関において、対象は「退隠」しているという。
11、人工的な個物は、それが時空のうちにいまだは発生していない状態においても、別の時空のもとで存在している対象の観念を制作者が獲得していることにより、異なる時空においても再現可能である。つまり時空のうちで最初に発生した人工的対象は、その観念が制作者たちのあいだで連鎖する限りにおいて、その対象の起源まで時空を越えて連続している。
12、時空のうちに諸物は、直接的に同一の数的記号には還元されず、ある単位を通じて記号化される。
13、諸物は相互に無数の関係性を構成し、そうした諸物の相互関係の複雑さに対し、それに対応させられる名は単純なものに止まる。
14、空間の同一の配置的相互関係を記号化した地図は、認識主体のパースペクティブに由来せず、認識主体のパースペクティブを機能させる経験的な地平として、鳥瞰的なパースペクティブにのみ記述される。

 

[後述]
 この議論全体はあらゆる面で稚拙さが残るものの、加筆訂正はせずそのままの形でアップすることにした。


*1 このクリプキの『名指しの必然性』を念頭に置いた論理展開は、主に二次文献の耳学問によるもので、適切な議論とは言えない。
*2 これは私的に書いた文章のなかで用いた例のことを取り扱っている。